日本企業が電子署名を使いこなすために越えるべきハードルは何だろう

昨今のコロナウィルスによるテレワーク推進の動きを受け、電子署名に関する議論が活発化しています。先般は、法務省から捺印に関するQ&Aが出されるに至りました。

電子署名の普及が以前と比べて進みつつあるのは事実ですが、こと日本においては、まだまだハードルがある、というのが私の感覚です。

ハンコの不便さやテレワークの弊害云々以前に、これまで日本企業が培ってきた文化が、ジョブディスクリプションや権限委譲を苦手としていて、それが電子署名を含む「サイン文化」に馴染まないと感じます。

 

ハンコ実務とサイン実務の決定的な違い

日本のハンコ実務において、名義人自らハンコを押しているケースは、ほとんどありません。何らかの会議体で決済をとり、稟議書等をもって、ハンコ管理部署がハンコを押すケースが大半です。

そこには、徹底した「責任の所在の不透明化」があります。単独の存在としてのサイナーは、ジャッジもしなければ、クロージングもしません。

 

一方、欧米のサイン実務においては、サイナーは自らサインをします。

そこには、前提としてジョブディスクリプションと責任範囲の明確化があります。サイナーは、自らが責任を負える(負っていい)契約であるから、自らの手で契約にサインをします。組織はそのように作られ、責任範囲があらかじめ明確化され、権限委譲がなされ、組織においてサイナー名義も細分化されます。

この「責任範囲の明確化と権限の細分化」が、「自ら書面にサインをする」というサイン文化を形作っていると感じます。

  

電子署名の使用で直面したこと

私自身の経験ですが、こちら側がクラウド型電子署名を使用して契約相手型に手続きを依頼した際、「決済や手続きの事情があるので、サイン名義は代表者にしつつ、手続き自体は事務担当が行いたい」という申し入れを受けたことがあります。

日本企業が、ジョブディスクリプションと権限委譲を本質的に苦手としていることを強く感じる例です。

改めて考えると、「自分のサインをするのに決済が必要」っていうの、本来おかしいですよね。

 

まとめ

電子署名は、ハンコと異なり、「誰が手続きしたか」が明確になります。これはハンコ実務の持つ「責任の所在の不透明化」を享受してきた日本企業には、基本的に馴染まないものです。

電子署名を本当に普及させるには、日本企業が本当の意味でジョブディスクリプションと権限委譲を欧米並みに使いこなせるようになる必要がありそうに感じます。

とはいえ、「ハンコを押すために出社する」のがバカげているのは間違い無いので、早く電子署名が欧米並みのスタンダードになってほしいな、と思います。

景表法の総付景品規制の存在意義は何だろう

この記事、半分、愚痴です(笑)

景品表示法の総付景品規制の意味合いが、個人的にピンときていません。

総付景品規制というのは、景品類の上限を取引価格の20%以内に抑えなければならないというアレですね。どんな業界でも、toCのビジネスをやっていれば避けては通れない規制です。

 

総付景品規制への疑問

総付景品規制の疑問点、主に以下によります。

 

景品類の付与は、事業者にとって「やったもん勝ち」ではない

まず、景品類の付与は、それ自体で消費者が損をすることはありません。「景品類の付与」という事象だけ見れば、消費者にとってはメリットです。

逆に、景品類の付与は事業者にとってはコストです。各事業における利益の最大化のために行われることなので、無制限に行われることはありません(でないと、単なる慈善事業です)。

したがって、総付景品の付与は、規制がなくても、個々の事業者において適当な範囲に自然と収まってくるはずです。

 

不当廉売や抱き合わせ販売は、景表法の規制範囲ではない

そして、これです。

体力のある事業者とそうでない事業者では限度が異なるため、総付景品上限を無制限にすれば弱小事業者は淘汰されてしまう、結果、長期的に見れば公正な競争が阻害されて、商品の価格が下がらず、消費者にとっては害になる、

景品表示法は独占禁止法の特例法なので、こういうロジックがあることはよくわかります。

 

でも、「増量値引き」や「セット販売」にした途端に、総付景品規制の適用はなくなっちゃうんですよね。

その場合、問題になるのは独占禁止法の不当廉売や抱き合わせ販売になるわけですが、これらは基本的に競争阻害性が発生しなければ独禁法違反にならないとされています。一律の金額のラインを超えるか超えないかだけで判断する総付景品規制と比べて、ずいぶん結論に差があります。

ちょっと売り方や訴求を変えただけでこれほど結論に差が生じてくるのは、実務やっていて非常に違和感を感じます。

 

景表法の他の規制に比べて、総付景品規制は浮いている?

表示規制の存在意義は明白です。

こちらは景品と違い、消費者にダイレクトにデメリットが及びますので、ストレートに消費者保護の観点で規制の必要があります。そうでなければ、事業者にとっては、まさに「やったもん勝ち」の世界になってしまいます。

 

一般懸賞の存在意義、これもよくわかります。

一般懸賞に上限規制がなければ、もはやギャンブルです。仮に個々の消費者の利益をスポットで害さないとしても、社会的な利益を明らかに害します。お金を賭けて麻雀を行うのが違法なのと、考え方は同じですね。

・・・例えとして賭け麻雀を持ち出したのに、深い意味はありませんよ(棒読み)。

 

絵合わせ規制、これは景品規制の一環ではありつつ、その実態は表示規制に近いものなので、これも存在意義はわかります(それが改めてはっきりしたのが、「コンプガチャ」でした。詳しく書くとめちゃくちゃ長くなるので、またいずれ。)

これらの規制に比べ、総付景品規制は、明らかに浮いているように見えてしまいます。

 

事実、海外の国々を見ても、表示に関する規制は当然のようにあり、また懸賞に関する規制もしばしば見受けられますが(シンガポールなど、一部の国は日本と比べても厳しめの規制があります)、総付景品を規制する規制はまだ見たことがありません。

 

まとめ

総付景品は、景品表示法による金額ラインでのシロ・クロではなく、独占禁止法により競争阻害性の要件をつけて規制する方が良いのでは、と思います。

範囲が不要に広くなりすぎる規制のために事業者(多くは法務担当者)がコストとパワーをかけているという実態は、経済成長のために健全とは思えません。

いろんな意見あると思いますが、私は見直し対象にしてよい規制だと思います。

ブランド価値、ブランド既存リスクって何だろう。法務観点から考える。

法務部員が、事業部門とともに契約書や事業スキームのレビューをする際によく出てくる言葉が「ブランドリスク」や「ブランド毀損リスク」です。

例えばスキームに法的にグレーな点があった場合に、「法的リスクがありますし、さらにブランド毀損のリスクもありますよ」とか。

 

この言葉、打合わせや会議で本当によく聞くのですが、どうも「法令遵守リスク」→「ブランドリスク」・「ブランド毀損リスク」→「大変!」と、言葉だけが一人歩きして、抽象的に使われているケースが多いように感じます。

抽象的な概念に留まっていては、リスクとリターンをしっかり判断することができません。何とかもっと具体的に、せめてリスクリターンの判断がしやすいように整理できないかと考えているのですが、今日はそれを頑張って言語化してみたいと思います。

 

ブランドってなんだろう

まずは「ブランド」という言葉の定義から考えてみたいと思います。ここでは、私がこれまで読んだ書籍中のブランドへの言及から、2点挙げます。

まずはこちら。

ブランディングとは、消費者の頭の中に「選ばれる必然」を作ること。

USFを劇的に変えたたった一つの考え方(森岡 毅 著)

ブランドそのものの定義ではないですが、要は消費者の頭の中の「選ばれる必然」こそがブランドということですね。

 

次にこちら。

「しかし、ここで視点を変えてください。ブランドがあるからこそ、お客様がその企業の商品を買ってくれ、売上が上がるのです。つまり、結果的に、フリーキャッシュフローが生まれるわけですね。そう思えば、企業価値には、そのブランド価値がちゃんと反映されていることがお分かりいただけると思います。ブランド価値が反映されているフリーキャッシュフローから算出された事業価値に、ブランド価値を加えてしまったのでは、それこそ、ダブルカウントになってしまうわけです。」

ざっくりわかるファイナンス(石野 雄一 著)

ブランド価値は、企業(事業)価値に含まれるのであって、別箇独立に存在するわけではないということです。これは非常に重要だと思っています。

言い換えると、「ブランドリスク」は、基本的に、「キャッシュフローに影響するリスク」と別で存在するものではありません。ブランドリスクを、「何か得体の知れないもの」として扱う理由は基本的にはありません。

  

  • 「消費者の頭の中の選ばれる必然性」がブランド
  • それは、「キャッシュフローに影響するリスク」と別個に存在するものではない

というのが、ここまでの整理です。

 

選ばれる必然性って何だろう?

「消費者の頭の中の選ばれる必然性」とは何でしょうか。

、、、といっても、ファストファッションブランドで買う靴下と、ハイブランドで買うジャケットでは、求めるものが違うのは、明らかですよね。

以下ではこれをもう少し構造的に整理します。

 

商品には、「コア」、「形態」、「付随機能」という要素があります。

「コア」は商品の機能的価値そのもの、「付帯」はパッケージ、品質、所有することでの差別化・満足感など、機能的価値プラスアルファの付加価値、「付随機能」はアフターサービスや保証などの、商品の付加的要素です。

これらのどの部分が「選ばれる必然性」になっているかは、商品により異なります。この点を考えるに際して、商品にはいくつかの分類の仕方があります。

 

耐久財すぐ消費されるもの食品や飲料、化粧品など
非耐久財消費せず、継続して使うもの服、家具、家電など
サービス無形のサービス保険、運送、移動など

に分ける考え方、

 

最寄品日常頻繁に購入するもの食品、飲料など
買い回り品通常、いくつかの製品を比較検討して
買うもの
服や家具など
専門品高級品、趣向品など、吟味して買うもの車、ブランド品など

に分ける考え方などが代表的です。

 

先ほど、靴下とジャケットの例を出しましたが、

  • 最寄品かつ耐久財(考え方によっては非耐久財)である靴下は、主にコアと安さで選ばれる
  • 対して、専門品かつ耐久財であるハイブランドジャケットは主に付帯(差別化意識)で選ばれる

ということができます。

 

リーガルリスクとブランド毀損リスクはイコールではない

徐々にまとめに入っていきます。

 

何らかのリーガルリスクの顕在化時に、その商品の「選ばれる理由」が毀損してしまうリスクは、ブランド毀損リスク「も」高いと言えます。

例えば、「環境に優しい」ことが選ばれる理由として浸透し、成功している洗剤があったとします。この商品の製造過程において、もし産業廃棄物の処理が適切に行われていなかったとしたらどうでしょう。

法令に基づくペナルティを受けるにとどまらず、消費者に選ばれる理由の一つが消えてしまいかねないわけですから、ブランドに与える影響は非常に大きいといえます。商品の売上が減少し、将来のキャッシュフローに大きなダメージを負ってしまいかねません。

 

逆に、特定のリーガルリスクが顕在化しても、その商品の「選ばれる理由」に特に影響がない場合は、リーガルリスクは負っていてもブランド毀損リスクはそれほど高くないことになります。

例えば、価格が安く、身近なお店でどこでも買えることが選ばれる理由となっているお酒の商品があったとします。この商品のラベルのデザインが第三者の知的財産権を侵害していたとしても、侵害相手から損害賠償を受けるかもしれませんが、商品が選ばれる理由自体には大きな影響はなく、将来のキャッシュフローに継続的にダメージを負う可能性は低そうです。

もちろん、こういうのは起きない方が望ましいのは間違いないですが、少なくともリーガルリスクとブランド毀損リスクを混同すべきではなく、分けて考える必要がありますよね。

  

まとめ

法務の発する「ブランド毀損リスク」という言葉は、事業部門にとってみれば、こちらが思っている以上のインパクトを与えがちです(要は、必要以上にビビらせてしまいます)。

ビジネスはリスクを取ってリターンをあげる活動である以上、リスクについてミスリーディングを起こさない/起こさせないことを意識したいところ。

そのためには、丁寧に言語化して考えることが大事です。